この国旗、どこの国のものかご存知でしょうか?
そう、パラオの国旗です。
世界史の授業でこの国旗を見たとき、なんか日本と似ているなあ、程度に思っていたのですが、、、、
実はこの国旗、かなり深い意味がありました。
第一次世界大戦後、日本に統治されたパラオの島民は19世紀後半にスペインとドイツから、家畜のような扱いを受けているため、当初、日本軍が虐殺してくるのではないか、と怯えていました。しかし、実際に日本人はパラオにインフラや学校を整備し、パラオ人と共に暮らしました。パラオ人はこのことに非常に驚き、また日本人を慕うようになったといいます。1944年になって第二次世界大戦が激化し、日本軍が不利な状況になったとき、島民は島の外に連れ出されました。はじめは何も知らされず、不満を募らせていた彼らでしたが、、、、翌年島に帰ってきて、一万人の日本兵の死体を見つけ、「日本兵が島民を庇って島の外に避難させてくれた」という事実を知りました。戦後、パラオ人は「日本への感謝の気持ち」子々孫々まで語り継ぎ、独立の国旗を決める場では、「日本が太陽で、私たちが月だ。」「私たちは日本がいて初めて輝ける」「月を中央にすると日本の色違いになっておこがましい。中心から少しずらそう」そんな議論がなされ、70以上の候補の中から、この国旗が選ばれました。
、、、どうでしたか?
このような話を聞くのは初めてかもしれません。学校ではこのような授業なんてしません。マスコミも報道しません。誰もこの事実を知らないのです。しかし、70年ぶりに一冊の本が見つかったのです。 そこには現代の日本人が誤解させられている、大東亜戦争の事実が隠されてました、、、、。住宅とはかけ離れた話になりましたが、このブログを借りて当時の日本軍のこういう素晴らしい戦いぶりを少しでも知って頂けたらと思い投稿いたしました。